仲間を信頼し、想像力を駆使した“思い込み”
「あれはうまいこと仕組まれてまして、面談の順番が最初にナイルで、最後が僕だったんです。おそらく冨樫さんは僕が上がれないことを同じGKのナイルには伝えていたと思います。ナイルはそれを黙っていて、僕が面談の日、みんなにこっそり打ち明けた。僕のことを気遣い、ひとりにしてくれたんですね。
あいつはきっと泣くだろうと。ちゃんと言っておかないと、残っちゃう選手がいたかもしれないから。ナイルのことは尊敬していましたから、なんであいつだけが、とは少しも思わなかったです」
孤独な時間は、松澤の胸の内に強い思いを宿した。それまでは無我夢中でサッカーをしてきたが、絶対にプロになると誓いを立てた「15の夜」である。
僕はこの話の裏付けを取るため、後日、渋谷亮(中央大4年)に電話をかけた。ところが――。
「いえ、そんな記憶はないですね。みんなで示し合わせて先に帰るようなことは……。マツも実力のある選手だったので、てっきり上がるものだとばかり思っていた。あとでほかの選手から聞いて、びっくりしましたもん」
と、はっきり否定する。あれれ、おかしいなぁ。せっかくいい話だったのに。そこで、菜入のインタビューの際に同じことを尋ねた。
「僕は何も聞いていません。ユースでも一緒にやるつもりだったから、気にも留めなかった。クラブハウスの食堂で晩ごはんを食べながら、マツの面談、ずいぶん長引いてるなと思った気がしますけど。親がいるだろうし、時間も遅かったから先に帰ったんです」
どうやら、あの夜の出来事は松澤の思い込みだったらしい。その話をしながら、僕と菜入はひとしきり笑った。松澤の勘違いを嘲笑ったのではない。
「ちょっと変わってますけどいい奴ですよ。誰にも分け隔てなくやさしい」と語る菜入は相変わらずだなぁと微笑み、僕もまた心根の良さ、向日性を好ましく思った。
つらいときに放っておかれ、なんて冷たい奴らだと恨めしく思うこともできたはずなのだ。しかし彼は、仲間を信頼し、想像力を駆使し、全部いいほうに解釈したのである。物事は、その人の受け取り方次第でどうにでもなるのだと愉快な気分だった。