岡崎と真逆の”使う”タイプの選手
清武が初めてザックジャパンに招集されたのは、2011年8月10日の韓国戦だった。ザッケローニ監督は「まずは手元に置いて見てみたい」と言い、選手を代表に呼んでもすぐには実戦で起用しない傾向が強かったが、清武はいきなり途中出場のチャンスを得ると、デビュー戦で2アシストと強烈なインパクトを残した。
そして、その1ヶ後に行われたW杯アジア予選の北朝鮮戦でも途中出場で2試合連続アシストを記録。ザッケローニ監督の心を一気につかみ、日本代表の常連組になっていった。
ザックジャパンは2011年1月のアジアカップから香川真司、長友佑都、本田圭佑、遠藤保仁のカルテットを軸にした左サイドからの攻撃をストロングポイントとして磨いてきたが、W杯を見据えたときに他のオプションも身につけておく必要があった。
そんな中での清武の台頭は、新たな可能性を感じさせるものだったに違いない。右サイドのレギュラー、岡崎慎司は典型的な”使われる”タイプであり、隠れストライカーとして2列目からゴールを狙うスタイルを持ち味としていた。
岡崎のそういった性質にも影響され、日本の攻撃は左サイドでの組み立てがメインになっていた。
清武はパスセンスに優れ、局面を打開出来るドリブルスキルの持ち主でもあり、岡崎と真逆の”使う”タイプの選手だった。韓国戦でデビューを飾る際、同サイドの内田篤人からどんなタイプ(のプレーをする)かと聞かれた清武は「真司くん(に近いタイプ)みたいです」と答えたが、実際のところ、よりフィニッシャーに近い香川よりもプレーメーカーの色が強く、攻撃の組み立てで強みを発揮するタイプだった。
だからこそ、清武が右に入ることで左サイド中心の攻撃パターンとは違った形が生まれるのではという期待感があったのだ。
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