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Jリーグ 10年前

終電後、居酒屋に男子四名。そのうち一人は『サポーター』

text by 渡辺文重 photo by Asuka Kudo / Football Channel

ポ将から相馬、岡野まで

 無精ひげのこの男は、クラブの歴史について少年サッカーチーム「FC町田トレーニングセンター」が前身なのだと簡単に説明すると、ゼルビアの魅力はパスサッカーにあるのだと熱く語る。「弱いチームはタテポンで勝負したがるけど、ゼルビアはバルセロナのようなスタイルを目指しているのだ」と、少し照れながら話した。「バルセロナはヨーロッパを代表する強豪チームで、アルゼンチン代表のメッシやブラジル代表のネイマールが所属しているチームだ」と、私が補足する。

「あ~、メッシにネイマールね。知ってます」

 さすが、W杯効果と言うべきか。スポーツはまるで観ないという左隣の男性も、どうやら、メッシとネイマールは知っていたようだ。

終電後、居酒屋に男子四名。そのうち一人は『サポーター』
セルビア出身のサッカー指導者、ランコ・ポポヴィッチ【写真:工藤明日香 / フットボールチャンネル】

「僕がファンになった時の監督はポポヴィッチだったのだけど……」。対面の男は話を続ける。セルビア出身のサッカー指導者、ランコ・ポポヴィッチ。通称「ポ将」は、今季から就任したセレッソ大阪にて、ウルグアイ代表のフォルランと日本代表の柿谷曜一朗を使いこなせずに解任された凡将というのが、サッカーファンの間でのマジョリティーな評価だろう。しかしながら、この情報はノイズになると判断したので、私は口にしなかったが、それで正解だったようだ。対面の男は、ポポヴィッチの目指したサッカーを「負けても納得できる内容」だったと高く評価していたからだ。

 私は「ちょっと、評価が高すぎないか?」と心の中で思ったが、その理由はすぐに明らかとなった。ポポヴィッチの後に就任した二人の監督、オズワルド・アルディレスと秋田豊に、対面の男は納得していなかったのだ。そうした「黒歴史」はあったものの、現在の相馬直樹監督には「納得している」とのことだった。

「相馬直樹は1998年フランスW杯の日本代表メンバーで、日本代表のW杯初得点となった、中山雅史のゴールの起点となるパスを出したことでも知られている」と、私は補足したのだが、左隣の男は「あぁ、分かるかも……」とあいまいな返事をするだけだった。

「でも、サッカーの応援って殺伐としてますよね」

 星稜高校出身なのに豊田陽平のことを「知らない」と答えた若い男がここで口を挟んできた。

「確かにそうだよね……」

 対面の男はそう言った後、一呼吸おいて、こう続けた。「チームが負けるとボロカスのようにやじる人がいるけど、そういうのって違うと思うんだよね」。その口調は、重かった。もちろん、現在ゼルビアが首位に立っていることは誇らしいし、「夢のような舞台」であるJ1で戦ってみたいという願望もある。しかし、まだ、J3のシーズンも途中だし、J2が厳しいリーグだということも承知しているので、「今のゼルビアがJ1に昇格しても、何もできないよ。負け続けるだけだよ」と冷静に分析する。

 メインスタンドのシーズンチケットを購入している男にとって、最も重要なことは「勝ったか負けたか」ではなく、「納得できたかどうか」なのだ。納得できない勝利を積み重ねても、最後に待っているのは惨敗の連続なだけ。胸スポンサーに大企業のロゴが入るチームではないのだから突然強くなることはあり得ない。納得できるサッカーを続けることが大事なのだと言う。

 そろそろ話が終わるかなというタイミングで、私はスマホをいじりだした。そして、対面の男が一通り話を終え、たばこに火をつけたタイミングで、こう切り出した。

「7月27日にJリーグ・アンダー22選抜との対戦がありますよね!」

 そう言っている途中で、私はこの日に予定が入っていることを思い出した。「……この日は予定があるから……」。引き続きスマホをいじり、次のホームゲーム開催日を見つけ出した。

「8月10日はガイナーレ鳥取戦じゃないですか。ともにJ2経験のあるクラブ同士のビッグマッチだ!」

 私は、少しワザとらしく、テンション高めに発言してみた。しかし、私の左側に座る男たちの反応は優れない。そこで、もうひと押しすることにした。

「鳥取のGMは、あの『野人』岡野雅行なんですよね。ほら、あのジョホールバルでゴールを決めた……」

「あぁ、それなら見たことあります」

 私の左隣の男は、淡々とした口調で、そう答えた。

「そうか……」と私は気付く。彼の年齢は、私よりも10歳年下の31歳。左斜め前に座る「サッカーは応援が殺伐としている」と言った男の年齢は、さらに5歳も若い26歳だ。ドーハで夢破れ、ジョホールバルに歓喜した私たちとは、そもそも違う年代の人間なのだ。同時代的な共感を呼び起こそうとしたのは、無理があったのかもしれない。

「渡辺さんが本当に町田の試合に来てくれるなら、自慢のスタジアムグルメをご馳走しますよ」

 対面の男は、ついに私だけに話し掛けていた。

 始発までの時間は、まだまだ、長い。私たちは、別の話題で盛り上がることにした。

【了】

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