幾多の困難を乗り越えW杯へ
ここまで、謎多きボスニア・ヘルツェゴビナ代表について、その特徴を中心にご紹介してきた。このチームは、守備に関する危機管理がもう最初から計画されていない。いわば、「攻撃は最大の防御」が信条であり、欧州予選でもポルトガルとドイツに次ぐ149本のシュート(1試合平均14.9本)を放っている。試合には敗れたが、あのアルゼンチン相手にも怯むことなく派手な打ち合いを演じた。
そのため、ディフェンス面では往々にして脆さを見せる。単純に枚数が足りていなことも少なくなく、最終ラインの経験値は総じて低い。キャプテンであるエミール・スパヒッチはレヴァークーゼンでもレギュラーを張る洞察力の高い知性派だが、2試合に1度程度の割合で信じられないミスを露呈し自滅するケースもしばしば。
唯一頼もしいのは、日本でも知名度の高いGKアスミル・ベゴヴィッチ(ストーク)の存在で、どこまでも攻撃的なこのチームにおいて最後の砦として機能している。大会唯一の初出場国がこのような超攻撃的なスタイルであることは、個人的には好感を持てる。
ボスニア・ヘルツェゴビナにとってのこの4年間は、まさに挫折の連続であった。2010年のW杯、2012年の欧州選手権ではいずれもポルトガル相手にプレーオフで敗れ、民族対立から協会内に3人の会長が存在していたことにより、FIFAから国際大会への出場権を奪われたこともあった。
しかし、彼らはそこで歩みを止めなかった。同国史上最高とも呼ばれる選手たちが団結して予選を戦い抜き、同国の英雄イビチャ・オシムも祖国のために立ち上がった。このW杯出場権獲得は、ボスニア・ヘルツェゴビナという連邦国家が一丸となって勝ち取った勲章なのである。
欧州予選最終節のリトアニア戦終了後、あの厳格なオシム氏が人目も憚らず涙していた。日本代表を指揮していた頃にはおよそ想像もできなかった画である。鼻をすすり、ハンカチを目にあて涙を拭う姿は、ボスニア・ヘルツェゴビナという国家が辿ってきた多難な歴史を感じさせた。
彼らは、困難を克服する度強くなる。これまでも、そしてこれからも――。欧州大陸が繰り出す最強の切り札が、世界の舞台に立つその瞬間までもう間もなくである。
【了】