マルタ戦、勝ったのに残った“ぎくしゃく”
――そう言えば当時、福西さんと中田英寿さんが口論という報道もありましたね。
「そうそう。それも意見交換をしていくうちの一つなんですよ。『DFラインはリスクを負いたくないって言ってるけど、ヒデのやり方でやりたいなら、オレは前に行ってもいいんだよ。でも、オレもヒデも前に出たらボランチが誰もいなくなるけどいいの?』って。
DFに聞けば、『それは怖い』って言う。だから、『どうする?』という話し合いの一つで、ただの意見交換。それをマスコミが喧嘩って書いて騒いだだけのことなんです(笑)」
――3バックにするか、4バックにするかも含めて紆余曲折あったかと思いますが、本大会までには、選手間である程度、答えは出ていたんですか?
「メンバーも固定されてきて、ある程度、ベースとなる部分まではできていましたよね。早く攻めるという形はありつつ、状況に応じて変えていくことが、チームとして意思統一できていればいいわけじゃないですか。
人それぞれ考え方はあるけれど、試合を重ね、話し合いを進めていく中で、保持する時、自由に作る時、早く攻める時、ゆっくり時間を使う時というのはチームとして決められてきていた。本大会直前にドイツと対戦した時は本当によかった。
自分たちが意図するようにプレッシャーをかけてボールを奪いに行けたし、我慢する時は我慢できていた。結果は2-2の引き分けでしたけど、内容的にもやりたいことはできていたから、僕はあれでよかったと思うんですよね。
だから、未だに不思議なのは、W杯前最後のテストマッチで格下のマルタに1-0で勝つには勝ったけど、出来が悪かったことで、どこかぎくしゃく感が残ってしまったこと。その結果にマスコミが悪く書いたとしても、僕は別にいいんじゃないかって思ってた。
ドイツ戦ではやりたいことができていて、マルタ戦では点が取れなかったとしても、みんなが一つの方向を向いていれば、それでいいって。マルタ戦はマルタ戦として切り替えれば。僕はそういう環境で育ってきていたから特に……。
でも、その直後にオフがあって、みんな気持ち的にはリフレッシュできたんですよ。でも、違和感は消えないまま。そこからみんなの考えがバラバラになったんじゃないかって今でも思うんですよね。理由はそこだけじゃないんですけど……」