【第一〇話】戦争の新しい種類Ⅰ
A New Kind of War Part Ⅰ
「さて、と。まずはおじさま方のご機嫌をとるか」
外交的ではきはきとした奏は、業界で好感をもって受け容れられていた。ぼくよりも話を円滑に運んでくれる手腕は頼もしい。百人力の味方を得た気分だった。
それにしても、と、インテルクルービにいたときよりも生気がみなぎっている奏を見て思う。どうして彼女は銀星倶楽部をやめて神足の許に赴いたのだろうか。支援の件を撤回させるために奏を追い詰めたときの里昴の邪推も、ある程度は合ってはいるのかもしれない。でもそれだけなのか? 出戻りの気恥ずかしさを漂わせながらも堂々と挨拶し、指示を出す奏には、銀星倶楽部の誰もが感服し、従っていた。ぼくに対するものとはまったくちがう反応だった。それほどの器を持ちながら、上水流領の死期が近づくとクラブを去り、いまはぼくの片腕に甘んじている。わけを教えてくれる日が来るのか否か。気がつくと、そんなことが脳の大部分を占めていた。
集中がおろそかになりかけている。それはだめだ。いまは眼の前にぶら下がっている仕事のことを考えるべきだ。なにしろ、きょうのフットボールリーグ理事会は、今後のクラブライセンス審査に影響する重要な会議なのだから。
記憶を反芻する。できるかぎり、やるべきことはやったはずだ。成功を確信した状態で始めよう。
この場に臨むにあたり、ぼくと奏は主要各クラブのトップと事前交渉をしていた。いきなり提案をしても受け容れてもらえないだろうからという理由もあるが、それよりも、インテルクルービの連中の前ではこの案を検討できないからということのほうが、先に話をした理由としては大きい。
山田にはこの一週間、知恵を授けられてきた。どういう理由でか、理事会トップの既得権益層、関東、中京、関西のビッグクラブは、インテルクルービを蹴落としたがっている。インテルクルービ包囲網に銀星倶楽部を加えなければ損だと思わせることさえできれば、延命に協力してもらえるのではないか。そしてその後ろ盾をもってすれば、銀星倶楽部社内の説得も可能になる。整理しよう、という動きは、これ以上自分たちの力を浪費したくないという後ろ向きな気持ちだけでなく、クラブライセンスの審査を通らないだろうからこれ以上やっても無駄だ、という判断も含めて生じてきたものだ。原因が解消されれば見直しの方向に転換できる。
望み通りの気運をつくるためにどうすればよいか、奏と対応策を練った。考えついたのは、悪く言えば、最終節でインテルクルービと対戦が決まっている自分たちが優勝の行方を握っているのだぞ──と、連中を脅かすことができればいい、というものだった。しかしそれだけでは弱い。
ほんとうのことを言うしかない。
もし銀星倶楽部が自主独立の路を選ばなかったら、インテルクルービの傀儡になるところだった。今後、壊滅するようなら、再びハイエナのように神足がたかってくる。そうなれば既存のサッカー界にとって都合の悪い事態になるだろう、と。
しかしこの話はインテルクルービの理事がいる前ではできない。本音の部分はウラ交渉。会議の席では、表向き、存続を許可する旨の話をしないといけない。
地域活動の好反響と観客動員の増加を材料に、地域密着が進み、また経営が改善の方向に向かっていると説明し、シーズン終了時までのスポンサー獲得とリーグに対する債務の完済を約束する。
ビッグクラブ連合のアシストをしたいという、いささか不遜な提案は好意的に受け容れられた。彼らにしてみれば、自分たちの意向を反映する橋頭堡を都内につくることになるからだ。東京都連盟の影響が色濃いセントラルはインテルクルービと良好な関係を築いているし、北区を中心に北部をホームとするノースエンドは2部にいて、そもそも対抗馬になりえない。駒となりえるのは銀星倶楽部だけだ。
こうして水面下で銀星倶楽部を支持する勢力が出来上がった。
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