【第六話】巡る季節
Seasons(scar on the velvet)
道路も鉄道と同様に都内から成田までのルートは放棄区域(ゾーン)によって隔絶されている。“関所”――検問ではパスポートかその代わりになる身分証明書が必要だ。
奏が見慣れない黒い硬化プラスチック製のケースを晒すと、係官は専用のリーダーで読み取り、満足そうに頷く。そして、ぼくらを関係者/Governmentの文字が記されたレーンへと案内した。政府関係者のためにしつらえられた専用道らしい。
「こっちのほうが近道だ。少し時間を稼げる」
「ふー……ん」
「ん。なんだ?」奏はミラーでカーブの角度を確かめ、ステアリングをきりながら反応した。
「いや。さっきの黒いの、なんなのかなと思って」
「政府関係機関のIDだよ」
「そんな仕事してるの」
身を乗り出した反応は少しおおげさだったかもしれない。決まりが悪そうな、少しヴォリュームを絞った声で、説明が返ってくる。
「していた。サッカーにかかわるようになる前に。まだ所属はしている」ぼくがよく呑み込めていないことに気づくと、「学術研究グループだよ。かんたんに言うと、食料やら資源やら統治の状況から地球の未来を予測したり、その未来に対する提言をする任務がある。だから調査で海外をさまよったりすることもしばしばなのだけれど――詳しくはまた今度話そう」
「こうしてみると、けっこう知らないことがある」
あらためて思う。もし時間をとって話をしたら、きっと初めて聞くことばかりなのだ。
「それは……そうだろう」センターラインを凝視する眼が、ちらと外れる。「何しろ五年間も逢っていなかったのだから。わたしだっておまえの南米での活躍なんてほとんど知らない」
「活躍なんてしていないよ」ぼくは否定した。たいした選手ではなかったのだ。サッカー留学と大差ない存在。日本人という多少の珍しさで、一二番目の序列に置いてもらっていただけ。
「そうか? コパ・リベルタドーレスのサントスとの試合、アシストの一個前のパス、よかったと思うけれど。ノールックっぽく直前まで姿勢を変えずに、右足アウトで斜めに、サイドの奥のスペースに出して……上がってきた右サイドバックがインサイドでクロスを蹴りやすいように、ちょうどいいところにつけられた」
そんなことはよほどのマニアしか憶えていないだろう。知らないと言ったばかりなのに、矛盾も甚だしい。たまさかその試合だけ観ていたのかもしれないが……でもそこを問いただしたら怒られそうな気がして、ぼくは「ありがとう。あのチームであのポジションだと前に出るのを自重しないといけないから、攻撃でできるのはあれくらいだけれど」と返事をするのにとどめた。
会話を切り上げ、窓の外を観る。風景が秒刻みで変わっていく。
スピードが出やすい路を、怖くなるくらいアクセルペダルを踏み込む。まだ補修工事中と思しきコーナーを走り抜けると、空港はもう眼の前だった。
続きは、サッカー近未来小説『エンダーズ・デッドリードライヴ』特設サイトで。
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