セードルフ監督の忍耐による温情か
連係が成熟せず、右では確かにボールが貰いづらかった。ただ右をスタートポジションとし中へと絞らせていたときの方が、トップ下に移された後半よりも良い形でフリーになれていた印象がある。
他の選手の特性やチーム全体の事情を考えなければならない中、守備の際には本田を右に置きつつ、攻撃時には本人の得意なゾーンでプレーが出来るよう、セードルフも工夫している節がある。だとするとこれは本田に対する温情であり、忍耐の証なのではないのだろうか?
チームも我慢して、本田の博打に付き合っているのである。ファンやメディアは耐えきれず不満を爆発させている中、クラブの忍耐が続くうちに結果を出したいものだ。
いろいろな思いもあるだろう中、本田は試合後に表情を切り替え、サインや写真撮影などのファンサービスに応じていたのは立派だった。彼の真摯な姿勢がプレーにも表れ、罵声を吐いたファンのような人々にも伝わる日が訪れることを願いたい。
【了】
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