楽しかったトライアウト
トライアウトの前日、僕はドキドキしながら高野と連絡を取った。回答は至極あっさりしていた。
「サッカー、やります。親ともきちんと話して、ふっきれました。支えてくれる両親には感謝です」
心境の変化については、いまいち要領の得ないものだったが、それを聞くのはいつでも構わない。「やる」のひと言で充分だ。
17日、フクダ電子アリーナ。トライアウトは7対7のミニゲームのあと、30分の試合形式に移る。高野は第4試合に登場。52番の黄色のビブスが躍動した。
「今日は周りに合わせず、自分のやりたいプレーをやろうと決めていました。ワンツーを要求して前に出たり、ある程度はできたかな。ヴェルディでサッカーをしていたときの感覚を少しだけ思い出しましたよ。試合中は必死だったけど、シャワーを浴びているとき、楽しかったなぁと久しぶりに思えた」
高野は第5試合にも出場し、ゲスト参加の東南アジアの選手と対戦した。思ったよりレベルの高い相手のように見えたが、どう感じたか。
「別に、何も特別なことは。言葉は悪いですけど、僕にとってはただのガイコクジン」
おっ、らしさが戻ってきたねえ。自然体で調和に傾きがちな高野の場合は、それくらいでちょうどいい。
トライアウトの会場では、高野のエージェントである秋山祐輔氏(株式会社SARCLE)に話を聞くことができた。
「初めてのゼロ提示は、どんな選手でもショックを受けるんです。僕はやってくれると思ってましたよ。心配してなかったわけではないですが、彼はサッカー大好きですから。今後については、いくつか興味を持ってくれるクラブがあるので、これから話し合いです」
あの日、木洩れ日をまぶしそうに仰ぎながら、高野が見せた表情はけっして一時の気の迷いではなかった。プロの世界で生きる20歳を過ぎたばかりの若者は、そういう瀬戸際にいるということだ。
むろん、僕は選手がどんな決断を下そうと、その意志を尊重すると決めている。とはいえ、だ。きっと、この先も彼のプレーを見ることができ、書くチャンスがある。そのうれしさは、ほかの何にも代え難い。
12月23日、高野は21歳の誕生日を迎えた。
(文中敬称略)
【了】