毛布と父、包まれていた父の思い
城福の両親は、スポーツに対して理解があった。父は若い頃に剣道を、母はバスケットボールの選手をしていたことがある。兄弟をサッカースクールに入れたのも、スポーツに対する理解があったからに違いない。両親は応援にも熱心だった。特に父の姿は、今でも鮮明に記憶に残っている。
父は毛布にくるまって、ピッチサイドで大声を張り上げていた。その毛布は、おそらく、病室から「拝借」したものだと思われる。父は、若い時分に大病し、それ以来、入退院を繰り返していた。家にいなかった時期もある。中学になると、試合のたびに、毛布と父親がやってきた。母が付き添って、入院している病院から、車で乗りつけるのだ。
父は、自分を含めたチーム全員に、
「頑張れ!もっと行け!」
と、はっぱをかけた。
城福には、それが恥ずかしくてならなかった。
父の必死さの意味。その有難さがわかったのは、だいぶ後になってからだという。思えば、必要だと言えば、スパイクや道具はすべて揃えてもらえた。決して贅沢できる家ではなかったが、サッカーで遅れた勉強を取り戻すために、家庭教師まで雇ってくれた。
サッカーにおいて、不自由を感じたことなど、一度だってない。
『子どもたちのやりたいことを決して邪魔しない』
『周りの環境を整え、できる限り後押しをする』
城福は、自分が年を取るにつれ、当時の“父の思い”を想像するようになった。
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