課題は『表現力』の向上と普及
では逆に、世界トップと比べて劣っている部分はどこか。
それは『表現力』。つまり、姿勢(ポスチャー:たたずまい)や選手とのコミュニケーションなどマネジメントの部分になる。西村は南アフリカW杯で、多くの世界的に有名な主審たちと話をしたという。そこで、自分との違いを聞くと、『表現力』という言葉が返ってきたと教えてくれた。イングランドでFAカップの主審も務めた家本も、『表現力』に大きな差を痛感したと明かしていた。
そして、彼らを指導する立場である上川も、その強化を図っている。
「(審判員は)いままで色々な指導を受けていて、落ち着いてやれと言われているのかもしれないです。大切なことなのですが、先にそれがあると厳しさとか強さだとかは出ない。だから、僕は試合で思い切って感情を出してみれば、怒らなければいけないようなファウルがあれば怒ってみなさいと言います。
もっと感情豊かになって良いと思うんです。最後、自分のなかに冷静さを持っていれば。若いレフェリーにある傾向かもしれないですけど、落ち着いてみせることは非常に良いことです。けど、危機意識が低い。
例えば、そこは歩いて介入するのではなく、走って介入しなければいけない。なのに、悠然と構えて見ている。そうじゃないと。やはり経験あるレフェリーは、落ち着いて見えるのだけども、そういう所でスっと寄っていく。何事もないように、次のことも未然に防ぐのです」
この「今まで色々な指導を受けていて」という部分がポイントだと思う。というのも、私自身、サッカーやフットサルの審判員の資格を取得し、審判指導者に触れているが、講義が独りよがりな感を受ける。資格の質が違うため、単純に比較できないが、サッカー指導者ライセンス講義とはボキャブラリーに違いを感じる。
ある審判員は「マネジメントしろとインストラクターに言われるんですけど、『どうやればいいですか?』と聞いても、明確な答えが出てこないんです」と困惑顔で教えてくれた。それが世界基準なのかと思ったが、家本は「いや、イングランドは明確でした。こういう時はこうこうこうして、など。引き出しが物凄く多い」という。
もちろん、上川はPR合宿や一級審判員研修会などで、壁や笛のマネジメントなど細かい指導を行っている。しかし、それは、上川の経験があっての指導でもあり、上川が審判指導者になったのは2007年、最近である。近年は、元FC東京トレーナーの山岸貴司(現:レフェリーフィジカルトレーナー)と共に、若手の指導にも力を入れ始めた。
「Jリーグが出来て最初の10年で選手がプロになり、次の10年で監督がプロになった」(岡田武史)というのは、五輪やW杯などの世界大会への出場や、海外移籍などの史実に反映されている。W杯のトップで笛を吹いた上川や西村らの経験がここからの10年で普及し、審判員も本当の意味でのプロになっていくのだと思う。