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Jリーグ 11年前

横浜F・マリノスの羅針盤

text by 佐藤岳 photo by editorial staff

最下位でも毎回満員の阪神のように

 パーチェス・ファネルの考え方を持ち込んだのは、社員の理解を深めるためでした。一般の人がクラブに対して曖昧なイメージしか持っていないと、チームが強いか弱いかだけでチケットを買う、買わないになっちゃう。僕が言いたかったのは、負けても、負けても日産スタジアムに人が集まるようにしなければダメだよ、ということ。

 例えば、以前にはホームタウン活動はコストがかかるから、ちょっと控え目にしようかという時期もあったらしいけど、僕は逆で、ここをしっかりやらないとチームの調子だけでお客さんが増えたり減ったりすると思った。甲子園球場を見てみろ、阪神は最下位でも毎回お客さん満員じゃないか、と。地元に愛されるクラブは、そこが大事なポイントだと思うんです。

横浜F・マリノスの羅針盤
マリノスというクラブをまず知っていただき、好きになっていただく。もう一回観に来ようという気持ちになっていただく【写真:編集部】

 F・マリノスというクラブをまず知っていただき、好きになっていただく。その上でスタジアムに来てもらう雰囲気を作っていき、観に来てくださった人たちが、もう一回観に来ようという気持ちになっていただく。理想は『日産スタジアムは雰囲気良かったよね』、『食べ物が美味しかったよね』、『スタッフの対応良かったよね』、『試合負けちゃったけど、もう一回来てみようか』という風になること。それが逆に『試合は勝ったけどあのスタッフの対応は何だ』となってしまうとリピーターは増えない。

 つまりホームタウン活動とプロモーション活動とホスピタリティ活動は理論上、ちゃんとつながっていて、しかもそれぞれを丁寧に、丁寧に広げていかないと絶対にお客さんは増えないんです。だから、より効果的なホームタウン活動を展開するためのCFT、より効果的なプロモーション活動を考えるCFT、ホスピタリティの質を上げるためのCFTと3つのチームを作った。就任してすぐの09年11月のことでした。

 その後、1ヶ月半で3つのCFTから出されたアイデアは実に55個に及んだ。そのすべてが実現に至ったわけではないが、それまでには見られなかった斬新な提案が多かったという。例えば、ホームタウン活動のCFTから出されたアイデアに、横浜市港北区に特化した活動がある。港北区はホームの日産スタジアムが位置し、まさにお膝元といえる地域だったが、それまでファンの開拓が手付かずだったのだ。

 うちのスクールは学校訪問をしていて、横浜市と横須賀市の小学校を年間250校ほど回っているんですよ。それでも、全部で400校ほどあるから、1年半くらいかけないと一巡しない。で、ホームタウン活動のCFTから、『港北区の小学校だけスペシャルな活動をやりませんか』というアイデアが出てきた。『スペシャルって何?』と聞いたら、『選手を連れていったらどうでしょうか』と。あと、港北区の小学生全員に前期は下敷き、後期はクリアファイルを配ろうというアイデアも出た。表に選手の顔写真と名前が入って、裏に試合の日程が載っている下敷きを配れば、港北区の小学生3万人が全員ランドセルに入れてくれる。卒業式や入学式の時に、選手のメッセージビデオを送りましょうというアイデアもあった。

 狙いは何かと言うと、もちろん今すぐスタジアムに来て欲しいっていうのもあるけれど、この子たちがF・マリノスを、あるいは選手をすごく身近に感じて生活の一部にまでなってくれれば、彼らが大人になった時に自分でお金を払ってスタジアムに来てくれるもしれない。あるいは家族を持ったら当然F・マリノスを応援しようよという機運にもつながる。

 僕のこの原体験は何かといえば新潟なんですよ。新潟のアウェイに初めて行った時に新潟のファンの人たちはぞろぞろと歩いたり、自転車を漕いでスタジアムに来るんです。要するに周辺の地元の人たちがスタジアムに来ている雰囲気なんですよね。翻ってうちはといえば、周辺の人たちにあまり親近感を持っていただけていない。だったら新潟のように、まずスタジアム周辺の人たちにファンになってほしいと感じたんです。30数万人の人口がいる港北区の1割がもし来てくれたら、それだけで3万人ですからね。

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