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日本人として韓国代表で戦う理由

text by 編集部 photo by Norio Rokukawa

経緯を知る呉宰碩は…

 この出来事の経緯を知る呉宰碩は、その時の様子を次のように説明する。

日本人初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で闘う理由

『日本人初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で闘う理由』

「最初、そのサポーターが『このメッセージを持ってくれ』と僕に言ってきたんです。でも、自分は五輪の大会期間中に政治的なことをしてはいけないと知っていたので、即座に断りました。そのまましばらく歩いて後ろを振り返ったら、朴鐘佑選手がそれを掲げていた。すぐに駆け寄って『下ろせ』と言ったんですけど……。

 彼は五輪憲章に関するきちんとした教育を受けていなかったんだろうし、愛国心からその行動に出たんでしょう。ただ、このことは問題になるなと僕は一瞬で感じました。もしも自分が隣にいたら、絶対に止めていたと思います」

 あってはならないことが、現実になってしまった。

 全ては、池田や洪明甫のあずかり知らないところで起きたのである。

「すでにロッカールームに引き上げていた私は、朴鐘佑の行動を見ていませんでした。この出来事が起きたことを後から知り、状況を確認するために本人から話を聞いたんです。
『誰がそのメッセージを渡したのか』『どうやって掲げるに至ったのか』と。

 本人は『あまりにも興奮しすぎて覚えていない。誰かが渡してきたものを受け取っただけ』と説明していました。それを受けて私は『スポーツの場での政治的行動は許されないこと。今後は絶対にしないように注意して行動してほしい』と厳しく伝えました。

 いずれにしても、私のチーム内でそういう事件が起きたのは、コーチングスタッフ、特に監督である私の責任だと思います」

 韓国五輪代表のトップとして、洪明甫は自責の念にかられていた。

 池田も、教え子が起こした事件への思いを、こう吐露した。

「朴鐘佑の行為自体は愚か以外の何物でもない。五輪の場で政治的なメッセージを送ることは決して許されないことですからね。

 ただ、僕は彼らと1年半一緒に戦ってきて、五輪に賭ける熱い思いをよく知っていました。勝利すること以外、何も考えていないのも分かっていた。そんな彼が事前にメッセージを準備できるわけがないと僕は確信していたんです」

 日本人である池田のこうした発言は、韓国人選手を擁護していると見なされる可能性があり、大きなリスクも伴った。実際に日韓両国での反響は大きく、容赦ない誹謗中傷を受けた。

 そんな理不尽な出来事に見舞われても、信念は決して曲げない。

 それが、池田誠剛という男の生きざまなのである。


※『日本人初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で闘う理由』プロローグより抜粋

 その他にも本書では、ロンドン五輪日韓戦にある真実と葛藤、銅メダルを獲得した韓国五輪代表の舞台裏を著者・元川悦子が日本人初のフィジカルコーチ・池田誠剛の話をもとに丹念に描いています。

 十字靱帯損傷で現役を引退し、フィジカルコーチとなる決意を固め、94年W杯のブラジル代表やACミランで学んだ日々。Jリーグにおける日本人選手の特徴やフィジカルコーチの置かれている現状とはどのようなものか。これまでの経験をもとに、日本サッカーをより強くするための提言とともに、プロサッカー選手を指導する現場から見る、奥深いフィジカルコーチングの世界を伝えています。

【了】

『日本人初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由』
著者 元川悦子
定価1,680 円

日本人初の韓国代表フィジカルコーチ
池田誠剛が語る日本サッカーへの提言

プロローグ
ロンドン五輪の日韓戦で胸に去来したもの
一章【韓国編】日韓戦の前に/日韓の勝敗を分けた戦略 など
二章【日本編】池田サッカー3兄弟の長男/ケガに泣いた古河電工時代 など
三章【中国編】未開の地・中国という挑戦/岡田武史という存在に引かれて など
四章【日本サッカーへの提言】日本人にあったフィジカル強化
エピローグ サッカー界に根ざす日韓関係

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