沈黙を貫いたウルトラス松本
松本城からほど近い、飲食店が並ぶ一角に「やきとりはうす まるちゃん」という、山雅サポーターのたまり場がある。松本山雅と長野パルセイロによる信州ダービーを追ったドキュメンタリー映画「クラシコ」で一躍有名になったこの店の主人「まるちゃん」こと丸山篤史は、松田が倒れた2日以降、携帯が鳴り止まない日々が続いた。
「いきなりTBSから電話がかかってきてさ。『今日は何時からお店に入りますか? 今、東京から車を飛ばしています!』だって。どこでオレの携帯、調べたんだろうね。それでいろいろしゃべったけどさ、TVで使われたのなんて、ほんの数秒だよ(笑)」
その後も、地元局や東京のキー局から、たびたび取材依頼や問い合わせの電話が相次いだという。なぜ、丸山に取材が殺到したかというと、ウルトラス松本が松田の件に関して一切の取材には応じない決断を下したからだ。
山雅サポーターの間では、ネット上でAEDの不備を叩かれていた経緯もあり、「クラブに迷惑がかかるような発言は慎むべし」という想いがコンセンサスとなっていた。「マツを殺したのはお前らだ!」などという、極端な誹謗中傷に対して、もちろん彼らにも言いたいことは山ほどあったはずだ。それをあえてぐっと呑みこみ、彼らはただひたすら奇跡が起こることを願った。
松田が死去した4日の夜、NHKのニュース9とテレビ朝日の報道ステーションは、いずれもトップで元日本代表の逝去を報じていた。それ以降のニュース番組や翌朝のワイドショーでも、松田の早すぎる死について、それなりの時間を割いたことは特筆に値すると言えよう。代表キャップ数40、ワールドカップには一度しか出場していない松田は、記録ではなく記憶に残る選手の典型であり、ある意味、玄人受けする選手でもあった。そんな彼の業績をきちんとメディアが取り上げてくれたことは、純粋に嬉しかった。
ただ、一方で気になったのが、大半のメディアでの松田の扱いが「元日本代表の」「元横浜F・マリノスの」松田直樹であり、現所属クラブについての言及がほとんどなかったことである。なぜ松田が、どんな想いでJFLの山雅というクラブを選んだのか、きちんと正確に伝えていた中央のメディアは、果たしてどれだけあったのだろうか。
カウンター越しの丸山にそんな話をすると「そういうもんでしょ、TVって」と、肩をすくめて見せた。