俺みたいなやつを中に入れないと
―――現役の選手はサッカー協会に所属していますから、率直に自分の意見を言うと「造反だ」みたいな見方をされかねないので、確かに声を出しづらいところはある。
「俺だけですよ、戦う姿勢を常に持ってんのは。俺は別にこんなことで儲けようなんて思ってねえし。適任だよ。いつもは黙って外でゴルフしてるだけだし。上にだけ噛み付くんだよ。性格的に下には噛み付かないし」
―――そうやって協会がもっとお金を出すシステムになれば、やめていく選手がもっとケアされると。
「何か作れるでしょう。指導員でもっと残れるようにするとか。そいつらが残れば残るほど、サッカーの底辺がさ、もっと広がるわけでしょう。だから選手も、自分たちの将来を考えて、選手会にプールしていくことを考えるでしょう。まったく何が百年構想だよ。肝心の選手が2~3年でやめてってどうするんだよ」
―――確かに。
「だから俺みたいなやつを中に入れないとどうしようもないんだよ。俺はアイデア持ってんだからさ。さっきのアイデアなんか最高でしょう。日本代表の監督になれる券。ああ、日本代表のオーナーになれる券か」
―――それはいいネーミングですね。
「もっとも、選ばれた監督は絶対連れてくるっていう条件をクリアしないとだめだけどね」
意外なことに、礒貝には日本のサッカー界を改革しなければならないという強い思いがあるようだった。そのために宮本を口説いたというのは恐れ入る。宮本の困惑する様子が目に見えるようだった。
礒貝のサッカー後の人生は、これまでに登場した人物とはまったく違った意味でハードである。再び実力の世界に身をおいた磯貝にとって、極端に言えばすべてか無かという世界が果てしなく広がっている。どんなに日々の仕事をきちんとこなしたところで、勝たなければ一銭にもならない世界だ。
同じように、原稿が売れなければ一銭にもならないフリーランスのライターである自分にとっては、これまで取材したどんな人よりも、他人のような気がしなかった。そんな世界にいて何年も芽が出ないと、人はたやすく腐ってしまう。そんな中で礒貝は、自分の資質を見極め、明確なビジョンを持って、うまくなるために弱点を克服すべく努力を積み重ねていた。
早熟の天才は、晩学の努力家として自分の人生と戦っていた。
インタビューを終えた磯貝は、案内を断って一人で上野の裏路地へと消えていった。ゆったりとした動きだったが、その体には見知らぬ街への好奇心が満ち溢れているように見えた。
本書では、礒貝洋光氏の規格外の天才ぶりを堪能できるやり取りが続きます。よろしければ、『Hard After Hard かつて絶望を味わったJリーガーたちの物語』をお手にとって、ご一読下さい。
【了】