最初からACLを“捨てて”いたわけではない
重ねて強調するが、ACLで1試合も勝利を挙げられなかったこと自体は批判されるべきだ。しかし、広島は決して最初からACLを若手の経験の場として位置づけたわけではない。
例えばACL開幕戦のホーム・ブニョドコル戦(2月27日)には森崎和・森崎浩・清水をベンチに置き、ボランチに岡本知剛、左サイドに山岸、シャドーに石原をスタメン起用した。
このうち若手と呼べるのは岡本だけであり、負傷欠場したミキッチを除けば、当時のベストメンバーといえた。パク、野津田はベンチ入りしたものの出場機会はなく、井波にいたってはベンチ外。森保監督が、少なくともシーズン当初はACLの勝ち抜きを睨んでいたことは間違いない。
計算が狂ったのは、そのブニョドコル戦で高萩が負傷したこと、続くアウエーの北京国安戦(3月13日)でシャドーに起用した清水がやはり負傷したことだろう。ミキッチ、森崎浩、ファン・ソッコが離脱し、さらにスタメンの2人が欠場。この時点で、そもそも本来のベストメンバーを組むこと自体が不可能となった。