終わりに――30年目のJリーグ像
中西は今の仕事のナレッジについて、前職ではなく、母校である神戸商船大学(現在は神戸大学と統合)での経験が大きかったと打ち明けてくれた。「僕は川淵キャプテンとは違うキャプテンになろうと思っていたんです(笑)。つまり、海の男ですね」
なるほど、羅針盤を睨みながら、グローバルの荒波の中で舵を切るその姿は、確かに「キャプテン」そのものかもしれない。そして、リーグの制度設計や将来ビジョンについて語る時の中西は、実に情熱的で饒舌である。
本稿で反映させた内容は、その半分にも満たない。このほかにも、実に興味深い話を数多く聞かせていただいたのだが、紙幅の関係で泣く泣く割愛した。その代わり、クラブライセンス制度導入とグローバル戦略に的を絞ることで、次のディケイドに向けたJリーグが目指す方向性を明確にお伝えできるよう、心掛けたつもりである。
最後に、いささか余談めいた話を。
先日、ヨコハマ・フットボール映画祭というイベントで「Jリーグを100倍楽しむ方法!!」という94年製作の作品を観る機会があった。まさにJリーグバブル時代の映像がてんこ盛りで、今の時代からすると、懐かしさと気恥ずかしさが相半ばする作品であった。
その時、ふと思った。もし当時の人々が、20シーズン目のJリーグを観たら、どんな感慨を抱いたであろうか、と。
確かに、あの頃のような華やいだ雰囲気は望むべくもないし、代表クラスの外国人選手もめっきり少なくなった。しかし一方で、クラブ数は40にまで増え、ゴール裏の風景も多様化した。そして何より、全国津々浦々で「わが街のクラブ」がしっかりと根を下ろし、地域の人々に愛される光景を見れば、きっと彼らも「Jリーグの健やかな成長」に目を細めることだろう。
同様に、今から10年後、すなわち30年目のJリーグの姿について、想いを巡らせてみるのも一興である。今とはまったく異なる経済環境と国際情勢の中、その頃のJリーグはどのようなポジションで、人々に「サッカーだけではないベネフィット」を与えているのだろうか。そしてその頃、日本サッカー界の総合力は、世界のどの辺りに位置しているのであろうか。
右肩上がりの経済成長が望めなくなった時代においては、これまで以上にサッカーをはじめとするスポーツ環境の充実が求められよう。その意味で、20シーズン目のJリーグが進むべき道は、極めて重要な意味を持つはずだ。(文中敬称略)
【了】