しかし、それは僕らの知識不足だけが原因ではない。何年か前のことだが、ベルギーの記者に「ベルギーらしいサッカーとは何か」と尋ねたことがある。ベルギー人記者は、ベルギー人の気質について説明してくれた。
隣国のオランダ人は口が達者で、ときには大風呂敷を広げるが、ベルギー人は非常に慎重で石橋を叩いても渡らないところがあるなど、オランダとの比較で語ってくれた。
ベネルクス3国なんて呼ばれていたぐらいだから、オランダ人とベルギー人はよく似ているのかと思っていたら、隣国同士にはよくあることだが、むしろ互いの相違点を鋭く感じているようだった。だが、肝心の「ベルギーらしいサッカー」については、あまり要領を得た答えは返ってこなかった。
確かに、オランダに比べれば守備的で手堅いスタイルというイメージはある。けれども、それはオランダと比較した場合の話だ。「オランダに比べると守備的なサッカー」では、ベルギーサッカーの説明にはならない。ただ、何となくベルギーらしいサッカーというものはあるのだと思う。それは、はっきり説明できるようなものではなくて、ベルギーサッカーが醸し出す香りとか色のようなものだ。
言葉で説明できる種類の“らしさ”
反対に、かなり言葉で説明ができる種類の“らしさ”もある。
例えば、バルセロナのサッカーは“らしさ”について説明することができる。香りや色や、何となくでもなく、バルセロナのサッカーを成立させるためのメカニズムがちゃんとあるからだ。“ドリームチーム”の監督で、現在のバルセロナ・スタイルの基礎を打ったヨハン・クライフはテレビのインタビューに応えて話していた。「大事なのは4番です」
クライフの言う4番は、当時の3-4-3での「4」の底のポジションにあたる。センターバックの前のポジションであり、ピボーテとかボランチとかアンカーと呼ばれるポジションだ。ドリームチームではグァルディオラが4番だった。
「4番はセンターサークルから絶対に出てはいけない」
絶対に、というのは凄い言い方だが、横浜フリューゲルスでこのポジションに起用された山口素弘も、当時の監督だったレシャック(バルセロナではクライフの右腕だった)に同じ指示をされたそうだ。
センターサークルに位置する4番は、DFからのボールを受けて捌くのが主な任務である。この位置からはパスのコースが多いせいか、センターサークルからのパスは通りやすい。さらに、ほとんどボールを失わない受け渡しの上手い選手をこのポジションに起用しているので、4番経由のビルドアップは安定する。アメリカンフットボールならクォーターバックのような役割だ。司令塔である。
「ボールを保持できたら、相手に関係なく自分たちのやりたいことができる」
サッカーでは攻撃側がフォーメーションを決定する。バルセロナの3トップに対して、3バックで守るのは難しい。3バックの相手でも、バルセロナにボールを支配されれば4バックになってしまう。長くボールを保持して相手陣内でプレーできるチームは、自らのやり方を相手に押しつけることができる。