選手の人心掌握における失敗はさまざまなメディアでも言われてきたが、スパーズではそこまでの心配はないように思える。このクラブには「経験豊富な選手が必要だった。僕が出るべきだった」などと試合後に監督に噛み付くような厄介なベテランはいない(CL、惨敗したナポリ戦後。名前は伏せるが背番号は8だ)。
唯一心配されるのは“クロトナム”の生き残りモドリッチだったが、ビラス・ボアスは放出を容認。戦力としては痛手だが、2シーズン前から移籍を希望していたのをレビー会長がその都度翻意してきただけに、不満分子になる可能性もあった。無理に説得して残留させるよりも、40億円とも言われている莫大な移籍金で次なる革命の遂行者を探すという判断は、懸命だろう。
ビラス・ボアスの成功がイングランドの未来を変える
イングランドのフットボールは他国に比べて戦術面で何年も遅れていると言われている。中堅どころでも、CF目がけて放り込むことが唯一の選択肢のようなクラブもあるし、スタンドの観客はサイドライン際の選手にとにかく「走れ!」と叫びまくっている。
そう考えると、ビラス・ボアスの目指すサッカーはイングランド人にとって異質なものに映るかもしれない。だが、もし彼が成功したのなら、母国の観客に、選手に、指導者に「こういうフットボールもある」というパラダイムシフトをもたらすはずだ。それがこの国の人々にとっていいか悪いかはさておき、少なくとも代表選手が外国人監督に1から戦術のレッスンを受けるような辱めを受けるようなことはなくなるし、クラブのスタメンにイングランド人が1人もいない、という悲惨な事態も避けられるだろう。
変化の必要性を既にファーガソンは感じている。従来のやり方では勝てなくなると、彼は戦術のアップデートを行う。それが今年獲得した香川真司だ。守備ブロックを作られたときに何が必要なのか、彼は気づいたのだ。
だが、ファーガソンが新たな戦術で勝ち続けたからといって、何か新しいことをしていると思う人は少ないだろう。元々強いクラブが勝つのは当たり前の話だからだ。
だからこそ、ビラス・ボアスが担う重責は大きい。異端の革命家が成功すれば、イングランド人たちは自分たちがいかに遅れているか気づくだろう。プレミアリーグ、イングランド・フットボールの未来はビラス・ボアスにかかっている。そう言ってしまうのは、言い過ぎだろうか。
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初出:欧州サッカー批評6