カズさんのほうがラモスさんに気を遣っていた
ところで、V川崎時代はチーム内にラモス派、カズ派があったと聞く。実態はどうだったのだろうか。
「ラモスさんは読売時代からクラブを背負ってきた牽引者として、カズさんはJリーグ以降の中心選手として、それぞれ強い自負がある。でも、巷で噂されたような不仲の関係ではなかったですよ。カズさんはラモスさんを尊敬し、ラモスさんもカズさんの力はきちんと認めていた。ただ、プライベートは基本的に別で、特にカラオケは一緒に行かなかった。だって両方とも絶対にマイクを放さないもの。自分が中心というタイプがふたりいたら、当事者はもちろん、ほかの人も楽しめないでしょ(笑)。どちらかといえば、カズさんのほうがラモスさんに気を遣っていた」
昨年、カズはJリーグ最年長得点記録を更新したとき、試合終了後に外苑前の「レストランテ・カリオカ」(ラモスが経営するブラジル料理店)を訪れて食事をしている。
そのとき武田はラモスと別の場所にいた。店からカズの来訪を知らせる連絡がラモスの携帯に入り、電話でカズと話したラモスは「おめでとう」とにこやかに祝福している。武田は先輩を立てるカズの気遣いに感服した。
2011年の3月29日、東北地方太平洋沖地震復興支援チャリティーマッチでカズが決めた一発。あのゴールを武田はラモスと現地で見届けている。
「要は1点の重みを知っているんです。自分のゴールが翌日の新聞の1面を飾ることもわかっている。昔、ロマーリオがこんなことを言っています。『1点ごとに意味や意義がある。ひとつの得点によって人が救われ、誰かがハッピーになる。それが自分にとってのゴールだ』。俺はこの言葉が好きなんですよ。カズさんは間違いなくそれを知っている。
だから、あの試合ではゴールしか狙っていなかった。そこに全神経を集中させていたんです。あのときのラモスさんはね……(笑)。『あんなのディフェンスが下手だよ。ふざけんなッ』『後半の緩いマークはなんだ。あれでも日本代表か!?』と言いたい放題。相変わらず思ったことをはっきり言う。ラモスさんはそこがいいよね」
カズが残したものとは何か。その問いに武田は思いを巡らせる。
「いろいろありすぎて……なんだろうな。自分にとっては、ストライカーの在り方。ここぞの場面で発揮される決定力、集中力、プロとしての考え方、練習に取り組む姿勢、背番号の重み。ブラジルの分厚い伝統に育まれた、本物のプロフェッショナルを教えてもらった。いつか俺がJリーグの監督に就いて、カズのチームと対戦してみたい。きっとその頃まで選手をやっているだろうからさ」