丸山祐市が語る大学サッカーの意義
以前、長友佑都に関する取材をした際、明治大学の神川明彦監督は「プレーヤーとしては大学三年生まででほぼ完成する。四年で伸びるとすればキャプテンシーなどメンタリティの部分で、三年を終えた段階でプロに巣立ってもらってもかまわない。全体としては人格の部分が磨かれる」という意味のことを言っていた。
神川監督はS級ライセンスを取得してからは押し付ける指導をしなくなり、選手たちにもそう告げているという。自主性を重んじるも、徹底的に口うるさく言ってもらうも、ともかく育てることに主眼が置かれているかぎり、高校までで鍛えたりなかったところが大学で伸び、結果としてプロになった場合でも役に立つ。
長友の場合はまさにメンタルとフィジカルの最後の爆発、飛躍が大学在学期間中にあったわけだが、同様に大学からFC東京へと入団した選手たちを見ると、ひとつの共通項に気づく。それはコメンタリーを含め人とコミュニケーションをとる能力が比較的高いことだ。
取材をしていて話が通じるということは、それだけ言葉に意味を込められるということであるし、相手の言うことを理解できているということでもある。そうした能力は試合中の判断にもいい影響をもたらす。人間としてのキャパシティが拡がれば、プレーも安定するだろう。
明治大学を卒業して来季Jクラブに進む選手たちは、クラブユースとは異なる部活動の上下関係で精神面が鍛えられたという点では口を揃えていた。
昨春に明治大学を卒業してFC東京に加入した丸山祐市も同意見だ。
「大学では上下関係があるので、そのぶん礼儀や挨拶については、大学一年生のときよりはできているのかなと思います。人間関係の部分では、大学ではいろいろな人に逢えますし、自分は就活をやり、ひととの出逢いがとても大切だなと思いました。
サッカーに関しては高卒も大卒もあまり変わらない気がします。ただ、チームワークの意識──このサッカー部で、この仲間とやり遂げたい、頂点をめざしたいという気持ちは高校のときより強かったと思います。
明治大学のサッカー部では人への感謝が伝統的に強調されているようで、ぼくらの代でもそれは意識付けがされていたと思います。
ぼくは褒められて伸びるタイプではないので、厳しい環境でよかったのかなと」