日本は「東洋の魔女」をサッカーで再現するべき
この不況下で女子サッカーのメディチ家たらんとする篤志家を見つけるのは至難の技のように思われるが、実際に理解者の輪は広がりつつあるのだという。I神戸には選手の雇用先とは別に、一口5万円で協賛する『100オーナーズクラブ』という後援会組織がある。澤らの加入が発表されて以降、その協賛企業の数が増えているそうだ。男子サッカーと同じように、戦力補強がクラブのスポンサー営業に好影響を与えているのである。これは日本の女子サッカーでは稀有な現象だ。
豪華な補強や豊富なスポンサー資金、そして個性派オーナーの存在などから、今シーズンのなでしこリーグでのI神戸は、さながらプレミアリーグにおけるチェルシーだとの声も聞こえてくる。だがよく考えてみればチェルシーは予算規模こそ桁外れであるものの、クラブ形態自体はプレミアの他チームと決定的な差異があるわけではない。だがI神戸は経済力はもとより、組織構造そのものがリーグ内のJ系クラブや市民クラブと大きく違う。だとすればI神戸は、チェルシーを超えた突出ぶりを見せているのかもしれない。
そこまでのクラブ運営を通して、彼は日本の女子サッカー界に何を投げ掛けようとしているのだろうか。
「高校や大学でサッカーに打ち込んだ選手たちが、就職先としてなでしこリーグのクラブを選べるようにしたいんですよ。それが、日本の女子サッカーを活性化させるための近道になる。我々の取り組みが成功したら、他のクラブも追随するかもしれない。そうすればリーグ全体のプレー環境が底上げされます。僕はね、日本は『東洋の魔女』をサッカーで再現するべきだと思ってるんですよ」
だから、大型補強がリーグの戦力不均衡を招くとの密やかな批判も意に介さない。
「優勝しようと思ったら、足りない部分を補強するのは当然です。スポンサーの期待に応える義務もありますからね」
今季は強豪チーム相手のホーム戦を、すべて有料試合にする予定だ。
「我々はそれに値するチームだと自負していますから。去年も有料試合をやったんですが、入場者数こそ伸びなかったものの、マッチスポンサーのおかげで黒字を達成できました。今年は戦力も大補強しましたし、一体どこまで観客を集められるか。そうした過程を検証して他チームと情報を共有できれば、なでしこリーグはもっと発展できるはずです。だからこそ今年は、結果でも内容でも他を圧倒してリーグ制覇しなければならない」
I神戸の試みが〈画期的な運営手法〉であるのならば、文会長の言葉通り今シーズン独走するだけでなく、この先しばらく黄金時代を築くだろう。しかし逆に“無理のあるビジネスモデル”だとしたら、いつか息切れする危うさを孕んでいる。
答えがどちらであるにせよ、I神戸の動向からしばらく目が離せそうにない。そして、この『西のチェルシー』に他クラブがいかにして対抗していくのか、も。
【了】
澤 穂希
1991年、中学時代に読売クラブ女子・メニーナ入団、同年にベレーザに昇格し、98年までプレー。99年のC・D・ダイヤモンズを経て、00年にアトランタ・ビートへ移籍。04年から再び日テレ・ベレーザに所属。09年、10 年はワシントン・フリーダムと日テレ・ベレーザに所属、11年からINAC神戸に移籍。