イングランドのボール支配率は下から3番目
「イングランドの育成は、スペインより20年も遅れている」
ユーロ2012で惨敗した後、サッカーの母国は酷評された。それも無理はない。大会に出場した全16チーム中、平均ボール支配率は43%で下から3番目。戦術的にも技術的にも見るべきところはなく、ビルドアップといってもひたすらロングボールを蹴りこむパターンが大半を占める。数年前まで「イングランド代表」というフレーズが喚起していた神秘のオーラは雲散霧消したと言っていい。
はたして理由はどこにあるのか。
世間には主力選手に故障が相次いだことや、カペッロの辞任を挙げる人もいるだろう。しかし、これらの要因は「結果」にすぎない。真の原因はむしろ「成功」――プレミアリーグの繁栄がもたらした弊害にこそある。
プレミアの「成功」が消滅させたナショナル・トレセン制度
いわゆる日本で「ナショナル・トレセン」と呼ばれるような制度は、現在イングランドには存在しない。
かつてはウェールズとの国境に面したリルシャールという地域に「スクール・オブ・エクセレンス」と呼ばれる施設があり、マイケル・オーウェン、ジョー・コール、ジャーメイン・デフォーなどの優れたフットボーラーを輩出していた。だが、同施設は1990年に廃止されてしまっている。
最大の理由は、独自に選手の育成を行いたいと、クラブ側がFAに圧力をかけたことだった。この傾向は92年のプレミア発足と同時に各クラブに大量の資金が流入し、クラブ側の発言権が増大したことによって揺るぎないものとなる。以降、選手育成はFAの管轄ではなく、各クラブの裁量に委ねられるというのが基本路線となった。
とはいえ、懸念の声がなかったわけではない。自前の選手を育成すると言いつつ、トップクラブが外国人選手を軸にしたチーム作りに奔走することを予見していたハワード・ウィルキンソン(元イングランド代表暫定監督。現リーグ監督協会会長)などは、「試合に出場する機会を奪われれば、必然的に母国選手のレベルは下がっていく」と警告を発し続けていた。
幸か不幸か、この問題は一時的に棚上げされる。「92年FAユースカップ優勝組」を世に送り出したマンチェスター・ユナイテッドに象徴されるように、選手育成で結果を出すクラブが現れたためである。
また2002年以降は「黄金世代」も登場した。リオ・ファーディナンドやジョン・テリー、フランク・ランパードやスティーブン・ジェラード、ウェイン・ルーニーなど新世代の逸材が台頭した結果、外人部隊の流入は国産のスターを生み出す妨げにはならないと結論付けられた。
実際問題、イングランド代表はワールドカップやユーロで不振が続き、ユーロ2008ではついに本大会出場を逃すところにまで至るのだが、この時点でもまだ状況はさほど深刻に捉えられていなかった。欧州CLで好調が続いていたためである。
04-05シーズンからイングランドのクラブは必ずファイナルに駒を進めていただけなく、07-08シーズンは、準決勝に残った4強のうち3チームをイングランド勢が占める。さらには決勝戦もチェルシー対マンチェスター・ユナイテッドの組み合わせとなったため、イングランドのサッカー界はまだレベルアップが続いていると受け止められたのである。