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サー・アレックス・ファーガソンの実像と虚像【欧州サッカー批評 6】

text by オリバー・ホルト photo by Kazuhito Yamada

選手に全力を出させる絶妙なバランスの精神論

 ファーギーの重労働を苦と感じない価値観は、指揮したクラブすべてに浸透していた。身体能力が高く豊富な運動量を持つ選手たちが、90分間、攻守に全力でピッチを走り回る。現在のマンUでも、ベテランのMFスコールズやギグス、FWルーニーまでもが、守備ラインまで駆け戻ってボールを奪い、攻撃に転じる姿が見受けられる。そうした「基本の極み」を貫いているのがファーギー流だろう。

 ファーギーは選手のやる気を引き起こすプロでもある。時に強迫観念を超越した精神論で、チームに勝利者精神を植え付けている。常勝チームにはメディアやファンからの嫌悪や批判などの重圧が向けられるが、そうした重圧に打ち勝つのも全て自分たち次第であるということを、ファーギーは選手たちに教え込んでいる。だが、選手のモチベーションは起伏が激しく、しかも20数名の主力選手たち全員の精神状態を統括することは容易ではない。ファーギーを間近で目にした選手やコーチによると、時に称賛し、時に重圧を与えることでその絶妙なバランスを維持できるという。

 そのタイミングを重要視していたとされるファーギーは、99年のCL決勝で、ドイツの強豪バイエルンを相手に0-1の劣勢に立ったハーフタイムに次のような名言を発した。「この試合が終われば、数メートルの場所にある欧州カップを目にするだろう。だが、負ければそれに触る事さえできない。このチャンスは2度と来ない。死ぬ気でやってこい」

 この言葉に奮起した選手たちは、歴史に残る劇的な逆転勝利をものにした。悲願の欧州制覇を成し遂げた直後、ファーギーは歓喜のあまりテレビカメラの前で我を失っていた。「信じられない。信じられない。フットボールめ。ちくしょう」

 ファーギーは常に選手たちに100%の力を要求している。そのためにも、選手たちにマイナスとなりうる外的要因を全て排除することも徹底している。最近では、ピッチ外で不倫スキャンダルを起こしたギグスを擁護し、過去にはファンにカンフーキックを見舞ったカントナや、98年W杯で退場して戦犯とされたベッカムも、メディアやファンの非難から守り抜いた。そうした選手たちは試合に出るなり、すぐさま結果を出し、チームに勝利をもたらすプレーで恩返しをした。

 そしてなにより、ファーギーは誰よりも負けず嫌いである。チームが敗北した時には、それが2度と起こらないよう次に向けた緻密な対策を立てる。一部の批評家やメディアはそんな彼を負け惜しみが強く、往生際の悪い監督だと言うが、それが常勝の原動力になっていることは言うまでもない。

 勝つためには手段を選ばないと言えば言い過ぎかもしれないが、例えばアーセナルのように華麗なパス回しでボールを支配するような相手に対しては、ファウル覚悟で故意に力強いタックルを多用して相手をイラつかせ、敵の長所を潰すといった戦法が功を奏する。時には相手を自陣エリア付近まで進撃させ、そこからボールを素早く奪い、リーグ最高峰を誇るパスワークで手薄の敵陣へと一気に攻め込む。こうした基本的とも言える戦術が徹底的になされているのも成功理由の一つかもしれない。

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