「クマモトと共に」。地理的な距離を超えた思い
強烈な握力で右の手を握り、紫の紋章が彫られた太い腕でがっちり抱き寄せるとティノは「よく来たな、待ってたぜ」と満面の笑みで仲間たちに私を紹介してくれた。
様々に語り合いながら4時間あまりが過ぎたところで、ティノとその仲間たちは、なぜか申し訳なさそうな表情で『もうシーズンは終わっちまったんでスタジアムで掲げることはできなくなったんが…』、そう言いながら、あの横断幕を掲げてくれた。
「今日、これを是非ともお前に渡したくて誘ったんだ。よかったら記念に持っておいてくれよ」
横断幕を私にプレゼントしてくれた。
あの地震から2ヶ月。あれだけの被害を受けながらも熊本の人々は懸命に前へ進もうとしている。私の友人たちも信じ難いまでに気丈に振舞っている。だが、その心の内は、収まりつつあるとはいえなおも続く余震への不安に苛まれ続け、まだまだ長く険しい復興への道のりに対する半ば絶望的な思いや焦燥を募らせながら、何より、この2ヶ月で蓄積された心と体の疲れはもはや限界をはるかに超えている。
しかし、それはおそらく物理的な問題でもあろうから致し方ないとはいえ、被災地とそうではない場所の温度差は日を追うごとに大きくなっている。
だからこそ、熊本から1万キロ離れた場所で書かれたメッセージを届けたい。フィレンツェの熱いティフォージたちはこう書いてスタジアムに掲げようとしていた。
KUMAMOTO SIAMO CON VOI
(KUMAMOTO WE ARE WITH YOU)
6月13日、ティノは今日もKUMAMOTOの様子を気遣い、「明日でちょうど2ヶ月なんだよな…」との書き出しで私にこんなメッセージを送ってくれている。
「Firenze è sempre con Kumamoto(フィレンツェはいつもクマモトと共に)」
(取材・文:宮崎隆司【フィレンツェ】)
【了】