「聖地」という美称の流布に反省の余地あり
佐山一郎(以下、佐山) 今、フットボール関係者に突きつけられているのが2020年東京オリンピック・パラリンピックとセットになった「新国立競技場問題」。「聖地」という美称の流布という点では初期に片棒を担いだ自覚もあって、今更ながら反省しています。
じっさい、陸上競技用トラックのある国立競技場自体がサッカーの「聖地」としての用件を満たしているのかとなると甚だ心もとない。神宮の内・外苑全部ひっくるめて「聖地」というのならまだ分かるんだけど。
後藤健生(以下、後藤) ウェンブリー・スタジアム(9万人収容)がイングランド・サッカーの「聖地」と呼ばれるのとは、まったく違うね。陸上競技場の割には、サッカーも見やすくて僕は高く評価しているんですけどね。
佐山 それにしても、『国立競技場の100年』(ミネルヴァ書房)の著者である後藤健生が、なぜ「国立競技場将来構想有職者会議」(施設建築WG座長・安藤忠雄)に選ばれなかったのか。ぼくには不思議でしょうがない。だてや酔狂で1964年の東京オリンピックから5000試合以上を現場で観て来たわけじゃないわけだし。
後藤 出版のタイミングとしてはIOC総会での招致決定前後に照準を合わせていたんだけど、刊行が遅れたことで終章「二〇二〇年オリンピック開催と国立競技場の将来」を追加することができて逆によかったのかもしれない。この本のアイデアは10年以上前からあったんです。かなり本気で始めました。「自分でもこういう本なら読みたい!」というのが、まずもって書く上では大事だよね。