「レギュラーと練習から差がありすぎて、『俺ら出れへんやろ』って」
2011年8月28日のスパルタク・モスクワとのダービーで本田圭佑が右ひざ半月板損傷という重傷を負ったことで、2014年ブラジルW杯アジア3次予選の開幕を控えたザックジャパンに衝撃が走った。
9月2日の北朝鮮戦と6日のウズベキスタン戦に向け、チーム代表は8月29日から直前合宿に入ったが、30日に帰国した本田はすぐに離脱。代役一番手と見られた中村憲剛も右足親指つけ根にひびが入っていることが判明し、チームを離れた。
となると、トップ下をこなせるのは2011年アジアカップ優勝メンバーの柏木陽介しかいない。彼への期待は自然と高まってきた。
その柏木だが、出場機会の少なかったアジアカップ終了時点では、自分の現状への不完全燃焼感を強めていた。
「正直悔しい。自分が試合に出れへんかったり、ずっと悔しかったけど、チームとして優勝できたのはよかったし、サッカーに対する気持ちの持ち方、取り組み方が変わった。最初は何をどうやっていいのか分からへんかったり、レギュラーの人たちと練習から差がありすぎて、『俺ら出れへんやろ』っていうのがあった。
でも大会中にそれを変えていこうってキャプテン(長谷部誠)とも話したし、自分も変えようと思えた。これからもつねに意欲を持ってやっていけたらいいと思います」と、彼は2010年南アフリカW杯出場メンバーとの意識の差を突きつけられる格好となった。
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